大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)511号 判決

主文

1  被告は原告に対し金二五七万六、〇一一円および内金二二七万六、〇一一円に対する昭和四八年七月一一日から、内金三〇万円に対する昭和四九年一月三一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

4  本判決は、主文第1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「被告は原告に対し八七〇万円および内八一六万円に対する昭和四八年七月一一日から、内五四万円に対する本判決言渡日の翌日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の主張

一  原告 請求の原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四七年八月一日午後七時三五分頃

2 場所 東京都文京区後楽町一丁目四番二五号先交差点

3 加害車 普通乗用自動車(多摩五五み七二三六号、以下被告車という。)、運転者被告

4 被害車 原動機付自転車(川崎市は一三一四号、以下原告車という。)、運転者原告

5 態様 被告車に原告車が衝突した。

6 傷害 右事故により、原告は、頭頸部外傷症候群、腰部挫傷の傷害を蒙り、昭和四七年八月一日から昭和四八年七月一〇日まで通院治療(実日数一三二日)をしたが、後遺症として軽度の脊髄症状と頸神経根症状が合併し、閉眼起立不能、転び易い等の症状が残り、右は自賠法施行令別表の後遺症等級七級四号に該当する。

(二)  責任原因

被告は被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 治療費 五九万九、五三四円

2 交通費 二万一、八八〇円

3 休業損害 二二一万八、一一二円

事故時の収入は、一日六、四四八円であるから、休業期間昭和四七年八月一日から同四八年七月一〇日までの三四四日分の合計

4 逸失利益 九五六万円

原告は、症状固定時四二才であるので、稼働年数を一〇年、年間収入を二三二万八、〇〇〇円、労働能力喪失率を五六パーセントとし、年五分のホフマン式により中間利息を控除した現価

5 慰藉料 二一〇万円

6 損害の填補 二五九万円

自賠責保険からの受領金の合計

7 弁護士費用 五四万円

手数料四万円、謝金五〇万円

(四)  結論

よつて、原告は被告に対し、右損害合計一二四四万九、五二六円のうち、八七〇万円および右から弁護士費用五四万円を控除した八一六万円に対する本件訴状送達日の翌日である昭和四八年七月一一日から、右五四万円に対する本判決言渡日の翌日から、各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告 答弁と抗弁

(一)  答弁

1 請求原因事実(一)(事故の発生)の事実中、6(傷害)は不知、その余はすべて認める。

2 同(二)(責任原因)の事実は認める。

3 同(三)(損害)の事実は不知。

(二)  抗弁

1 免責

被告は、被告車を運転し制限速度を守り、前方を注視しながら走行して本件現場附近に至つたところ、原告運転の原告車が左方道路から信号を無視して交差点に進入してきたため、本件事故が発生したものである。仮に原告車が、被告車と同一方向へ進行中であつたとしても、原告は現場の転回禁止規制に違反し、道路の左端から右側を注意せず、スピードも落さないままに、右方へ転回したため、本件事故に至つたものであり、いずれにしても本件事故は原告の一方的過失によるもので被告には何らの過失はなく、また被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

2 過失相殺

仮に被告に何らかの過失があるとしても、大部分は原告の過失によるものであるから、大幅に過失相殺がなさるべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求の原因(一)(事故の発生)・(二)(責任原因)の事実は、原告の蒙つた傷害に関する部分((一)の6)を除き、すべて当事者間に争いがない。

そして〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により、頭頸部外傷症候群、腰部挫傷の傷害を蒙り、事故当日から昭和四八年七月一〇日まで山内病院、佐治医院、関東労災病院等で通院治療を受けたが、症状の固定した、昭和四八年七月一〇日の時点でも、自覚症状として頭痛、めまい、両耳鳴、体のふらつき、頭部および腰背部痛、左下肢の痛みを訴え、他覚的にも、下肢等の知覚障害、下肢の腱反射亢進、右上肢筋力低下、閉眼起立不能視標追従眼運動の異常所見等がみられ、関東労災病院においてこれらは、軽度の脊髄症状と頸神経根症状の合併型で、各症状からみて軽易な労働以外は無理で、右後遺症は労働者災害補償保険法別表第一の七級四号に相当する旨診断されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで免責の坑弁等について判断する。

本件現場は、別紙図面のとおりほぼ東西に通ずる車道部分が二八・九メートル(一・五八メートルの中央分離帯があり、片側一三・六メートルの四車線)、その両側に歩道が設置されたアスフアルト道路(以下甲道路という。)と、車道部分が六・〇五メートル、その両側に歩道の設置されたアスフアルト道路(以下乙道路という。)とがT字型に交わる交差点で、信号機が設置され、甲道路は午前八時から午後八時まで転回禁止で、制限速度は時速四〇キロメートルとなつている。交差点附近には水銀灯があるため夜間でも明るく、現場附近は、都心のため特に甲道路の交通量は、頻繁である。原告は、原告車を運転し、甲道路の左端から約七・八五メートル附近を東方(後楽園方向)へ進行中、本件道路が転回禁止であることに気付かず、右交差点で転回して西方(飯田橋方向)へ方向転換しようと考え、右交差点において、約一〇メートル手前で右折の合図をしたが、自車の右後方を確認しないまま、転回を始めたところ、右交差点の中央部から約二ルートル程北方の別紙図面×印附近で後方から来た被告車と衝突した。他方被告は、被告車を運転して、甲道路の中央分離帯寄りの車線を原告と同じく東方(後楽園方向)に向い時速約四〇キロメートルで走行中、本件交差点附近に至り、青信号を確認してそのまま通過しようとした際、別紙図面〈ア〉附近で約八メートル左前方の〈1〉附近を右方へ進行してくる原告車を発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、被告車の左前部を原告車に衝突させた。被告は右のとおり衝突直前に初めて原告車に気付いたもので、同人は、原告車が乙道路から信号を無視して本件交差点に進入してきたものと判断した。衝突後、原告は別紙図面〈3〉附近に転倒し、また原告車は、右ステツプおよび前部右フオークが曲損し、被告車は、左前部バンバー、左前部ボデーおよび左ドアーがいずれも凹損した他、現場には被告車のスリツプ痕(右後四メートル、左後五・二五メートル)が残つていた。

以上の事実が認められる。原告は、本人尋問において、右折を開始し、停止したところを被告車に衝突された旨供述するが、右は前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告は、自車と同方向へ進行中の原告車を衝突直前左前方約八メートルに初めて発見し、急ブレーキをかけたが及ばず衝突したもので、被告の右原告車発見の遅れが本件事故の一因となつていることは否定できず、従つて被告に過失のないことを前提とする免責の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

しかしながら、原告についても、本件の如き、交通量の多い四車線もの甲道路において、転回禁止規制に違反し、しかも右後方を確認しないまま右転回を開始した(右折の合図もわずか一〇メートル手前からしたにすぎない。)ことが本件事故の主要原因と考えられ、その過失は重大であり、前記認定の被告の過失および原告車と被告車との対比等諸般の事情を考慮すると原告の蒙つた損害のうち、七〇パーセントを減額するのを相当と認められる。被告は、原告車が赤信号を無視して乙道路から本件交差点に進入してきた旨主張し、被告は本人尋問において、衝突直前原告者が左前方から被告車に直角に進行してきた旨供述しているが、右は衝突直前の原告車の状況をいうもので、それ以前の様子は見ていないことや、また前掲各証拠に照らし、右はたやすく採用できない。

三  損害

1  治療費 一七万九、八六〇円

〔証拠略〕によれば、原告は前記通院治療のための費用(文書料を含む。)として合計五九万九、五三四円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして原告の前記過失を考慮すると右のうち一七万九、八六〇円を被告に負担させるのが相当と認められる。

2  交通費 六、五六四円

〔証拠略〕によれば、原告は前記通院のための交通費として合計二万一、八八〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして原告の前記過失を考慮すると右のうち六、五六四円を被告に負担させるのが相当と認められる。

3  休業損害 六五万九、六〇〇円

〔証拠略〕によれば、本件事故当時二級建築士の資格を持ち高田装工所の名称で大工をし、月平均一九万四、〇〇〇円(請負所得から経費を控除した分を含む。)の収入を得ていたが、本件事故のため休業を余儀なくされ、昭和四八年七月一〇日症状は固定したものの、前記認定の如き後遺症が残り、従前の大工職ができないため転職すべく、職業安定所を通じて探しているが、昭和四八年一一月二八日現在未だ見つからないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実をもとに昭和四八年七月一〇日までの休業損害を算出したうえ、原告の前記過失を考慮すると、被告の負担すべき休業損害は六五万九、六〇〇円と認められる。

4  逸失利益 三〇一万九、九八七円

〔証拠略〕によれば、原告は症状固定時の昭和四八年七月一〇日現在四二才(昭和六年三月一八日生)で、本件事故以前は健康な男子であつたことが認められるので、その稼働年数は原告主張の一〇年を下らず、労働能力喪失率を前記後遺症状および職業に照らし五六パーセントとし、前記認定の収入を基にして、ライプニツツ式により年五分の中間利息を控除して逸失利益の右症状固定時の現価を算出したうえ、原告の前記過失を考慮すると被告の負担すべき逸失利益は三〇一万九、九八七円と認められる。

5  慰藉料 一〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の蒙つた傷害の部位、程度、通院状況、後遺症の程度、原告の年令、職業特に二級建築士の資格を持ちながら大工の仕事が出来なくなつたことおよび本件事故に対する原告の過失の程度等本件に現われた諸般の事情を考慮すると本件事故により原告が蒙つた精神的苦痛は一〇〇万円をもつて慰藉するのが相当と認められる。

6  損害の填補 二五九万円

本件事故につき原告が自賠責保険から合計二五九万円を受領したことは、原告の自陳するところである。

7  弁護士費用 三〇万円

本件弁論の全趣旨によれば、原告は本訴の追行を訴訟代理人に委任し、その手数料および謝金として本判決言渡日に五四万円を支払う旨約したことが認められるが、本件訴訟の経過および右認容額に照らし、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は三〇万円が相当と認められる。

四  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し二五七万六、〇一一円および右から弁護士費用分三〇万円を控除した二二七万六、〇一一円に対する本件訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年七月一一日から、右三〇万円に対する本判決言渡日の翌日である昭和四九年一月三一日から各支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については、同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大津千明)

別紙図面

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例